東日本大震災から6年
東日本大震災から丸6年の折に、復興支援チャリティとトークイベントに参加しました。 「3.11を忘れない 食べて買って作って東北を応援しよう!」 このチャリティは、料理家の山田玲子先生が3月11日の節目に毎年恒例で開催。サロンを終日開放し、親しい料理家の方々と協力して東北の食材をメニューで提供、販売も行い、リモートで被災地を支援しています。山田玲子さんは、年間を通して熱心に東北を訪ね、食育を通じて子どもたちの笑顔と元気にも貢献している方です。私自身、先生にお会いするとパワーが湧くという嬉しいおまけがついてくるので、ささやかでも被災地支援につながるなら、との思いに弾みがつきます。 弾みがついて、少し日本酒もいただいてしまいました。日本酒はもちろん、とろけるようなお刺身や、食欲がわくサバの味噌煮、小ぶりでもしっかりお腹を満たしてくれるおにぎり(米)など、すべて東北の滋味が育んだものです。 トークイベント「東日本大震災から6年 今 そして これから」 弊社で従来、お世話になっている編集委員のご紹介で参加しました。 被災地の現状を発信し続けているNPO法人ComPus地域経営支援ネットワーク理事長・藻谷浩介氏と、福島県出身で『はじめての福島学』などの著者・開沼博氏が、福島を中心とした被災地の「今」を伝え、会場とともに「これから」を考えよう、という参加型のイベントでした。時間の都合で、全て参加できませんでしたが、開沼氏の、データをもとにした福島の現状解説を聞き、わずかながらでも認識の更新をすることができました。 「福島といえば、第一次産業従事者がほとんどと思いこまれているようだが、実は第三次産業が60%で、この60%に属する方たちにも多くの課題がある」、あるいは、「放射性物質の悪影響ばかり話題にされがちだが、生活習慣病(糖尿病)の増加という深刻な問題が生じている」など、、。 弊社でも福島県の風評払拭のためのプロジェクトに関与してきていて、できる限り学んでいるつもりが、まだまだ知らないこと、認識にも小さなズレがあることに気づきます。偏った情報のみで判断してしまっている人の間で、その認識が風化していくの傾向があるとしたら、それはとても哀しいことです。 福島県産食品の購入をためらうと回答した人は過去最小の結果 震災6年の日に先駆けて、消費者庁では、「風評被害に関する消費者意識の実態調査」を発表していました。発表によると、①放射性物質を理由に食品の購入をためらう産地を「福島県」と回答した人は、回答者全体の15%いるが、今回9回目の調査で過去最小の結果となったこと、一方で、②食品中の放射性物質について、出荷制限等の仕組みにより安全が確保されているということが十分に知られていないまま、③福島県産の食品の購入をためらう人の割合は、福島県内では減少しており、全国の大消費地では減少していないことなどが分かったそうです。 これからにこそ、大きな課題が残っているということでしょう。 http://www.caa.go.jp/earthquake/understanding_food_and_radiation/index 震災報道の推移 福島のプロジェクトで、記者さんにお会いし続けました。多くの方から「5年までは報道も多いけれど、6年目以降は報道もしづらく少なくなって、忘れられて行ってしまう危険性があるので、尚更、伝え続けることが大事になる」と、言われました。 6年目の報道は、新聞では各紙、11日の夕刊と12日の朝刊を大きく割いていて、新聞に限らず、6年目で減少したというより、想定していたより多くの報道に触れた感じがしています。 これまで6年間の「東日本大震災」での報道を件数のみで辿ってみると、1年目―70万件、2年目―25万4千件、3年目―16万3千件、4年目―12万件、5年目―10万件、6年目―9万5千件でした。ちなみに、熊本地震は昨年4月14日から現在までの1年目で11万件、阪神淡路大震災は1年目―11万2千件、5年目―1万5千件、10年目―1万8千件、20年目―1万2千件でした。 東日本大震災の報道が多いのは、原発事故を伴ったためだと推察できます。報道が多いことが必ずしもよいと言うことではなく、推移の参考です。 *検索数は、一般紙とテレビニュース記録を日経テレコンで件数のみ検索した概数 3月11日朝、トークイベントの開かれる二子玉川の会場への往路、何気なくツイッターを開くと、フランス大使館からの「ティエリー・ダナ駐日フランス大使より東北へ友情と連帯のメッセージ」が目に入ってきました。シンプルなメッセージとフランスらしい(イメージですが)支援に共感を抱きました。 http://www.ambafrance-jp.org/article11237 「6年前に、東北で大きな地震が起きたの?」 イベントに参加した帰路は、買い物をしようと入ったお店で、5-6歳くらいの女の子が、手をつないでいた母親に質問をしている声が響いてきました。母親は、「そうなのよ。○〇ちゃんが生まれる少し前のことだったの」と答えていました。 この小さな会話が、しばらく耳に残りました。 まとまりのない内容ですが、7年目を迎えた3.11の節目に (穂)